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2016年9月29日木曜日

社交不安を呼び起こす記憶の中のいろいろなパターン

社交不安障害の原因の詳細




他の心の病と同じく、社交不安障害の原因は詳細には分かっているわけではありません。

家族に社交不安障害の人がいると発症率がやや高くなるので、おそらく遺伝的な要因も多少はあると考えられています。

また、

元々の性格も関係しています。

そして、

小さなころの人間関係も、自分がどんな人間かという感覚の基礎を作るものですから、影響はあるでしょう。




私たちの記憶の中にはいろいろなパターンが残っていて、何かをきっかけに社交不安を呼び起こすようなことが起こるのだと思います。

その中で、対人関係という点に注目してみると、社交不安障害の人に多く見られるのは、とても批判的な人が身近にいた、というケースです。




中には、明らかな身体的虐待や性的虐待を受けたという人もいます。

「批判的な人」は、親であることが多いですが、配偶者や教師、上司などということもあります。

批判的な人が身近にいることの問題は、社交不安障害の症状の中核である「ネガティブな評価がこわい」というテーマそのものにつながります。

つまり、

人とやり取りすると、その結果としてネガティブな評価を受けることが実際に多かったわけですから、人とのやり取りは危険だという結論に至るのも無理はないのです。

直接批判するのではなくても、「世間体」を気にする、という形をとる場合もあります。

世間体をあれこれと気にする人が身近にいると、

「◯◯したら恥ずかしいでしょう」
「◯◯するなんて人からどう思われるか」

などという言葉を日常的に聞くことになり、これも社交不安障害の症状そのものと同じテーマということになります。




批判的な人たちが抱えている問題は、批判そのもの内容にあるだけではありません。

根強い無力感を育てることも問題です。

例えば、

批判的な親に何を言い返してもかえって怒られたり意地悪をされたりしてしまうと、それも、「自分が何かを言ってもネガティブな評価を受ける」という信念を強めることになります。

また、

「世間体」タイプの場合、反論しても、「でも世間の人は・・・」と言われてしまうのですが、「世間の人」という実態のない相手は、直接やり取りすることが不可能です。

そういう人を引き合いに出して言いくるめられてしまうと、結局のところ対人関係はコントロールできない、という無能感が強まるのです。




自分からの働きかけで関係性が変えられるという可能性など考えることもできず、ただただ「世間」という得体の知れないものを恐れて生きていくことになります。

そして、

その「世間」で自信を持って振る舞っている(かに見える)他人と、おびえて生きている自分は、人間としての本質的な価値が違うのだというふうに考えても不思議はありません。


まとめ


今回は、社交不安障害の方の家族を責めるために書いているのはありません。

「あんな風に育てたからこうなった。どう責任とるつもりだ」などと、変えられない過去を追及することが目的ではありません。

そうではなく、

「現在変えられること」に注目することが目的です。

他人からの批判は、必ずしも受け入れなければならないものではありません。

生育過程では親や目上の権威者の言うことは、「受け入れなければならないもの」だったでしょうが、今は違うのです。

自分に役に立つと思えば受け入れればよいし、自分に有害だと思えば受け入れなくてよいのです。

それを決めるのは自分です。

ネガティブな評価は、有害な側面の方がずっと大きいでしょうから、受け入れなくても全く構わないのです。

また、

ネガティブな評価をされたときに、「自分がその程度の人間だから」と、「自分の問題」として捉えるのではなく、そんな言動しかとれない「相手の問題」として捉えられるようになると、自分自身についての感じ方がだいぶ変わってきます。

生育過程で刷り込まれた対人関係パターンから脱する力がついてくるのです。







現在、社交不安障害の人は、おそらく「そんなことができれば素晴らしいのだけれど、自分には無理だろう」と自信なく感じることでしょう。

それは当然です!!

簡単に変わるくらいならば、そもそも社交不安障害という診断もあてはまらないと思います。

新しい対人関係パターンを身に付けていくためには、繰り返し実践することが大切です。

そのために必要ななのが、治療の場なのです。

つまり、

今までと違うパターンの対人関係をより多く体験していくことが治療の主体になります。

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