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2016年9月22日木曜日

「不安」この不安に対する認識

大人の場合


社交不安障害を持つ本人は、少なくとも大人の場合、自分の恐怖が不合理なものであるということを頭では理解しているものです。





頭では分かっているのだけれども、気持ちと身体がコントロールできない、というのが社交不安障害のときのイメージです。

自分の恐怖が合理的なものだと本気で信じている場合には、診断は違ってくるはずです。

また、

恐怖が客観的に見ても合理的だと思われる場合には、社交不安障害とは呼びません。

例えば、

予習していない授業で当てられることを恐がるというのは合理的な不安ですし、自分の職がかかっているような会議で他人の目が気になって緊張するのも合理的な不安です。

もう一つ例えると、

吃音などの症状がある人が、「人前で話すと笑われるのではないか?」と感じることは、症状に直接関係した合理的な不安であり、社交不安障害に特有の不合理な恐怖とは別のものです。


※子どもの社交不安障害の場合には、自分の恐怖が不合理なものだということを必ずしも認識しているわけではありません。





子どもの場合


大人と子供の社交不安障害の違いは、自分の恐怖の不合理を認識しているかどうかだけにあるわけではありません。

子どもの場合は、他人との関わりを静かに避けるというのではなく、泣いたり、かんしゃくを起こしたり、固まってしまったり、親しい人にしがみついたり・・・という形で社交不安障害を表現することもあるし、全くしゃべらないというような形をとることもある。

大人は自分が社交不安を持っていることに気づいており、それを避けるにはどうしたらよいかということが分かっているのに対して、子どもはそれらが分からずにただ混乱していることがあるのです。

また、子ども同士の遊びの輪に入らず、親しい大人の側にいようとしたりします。




子どもの社交不安障害


親しい人とは親しくできること
大人が相手のときだけでなく子ども同士の場面でも社交不安が見られる

子どもが社交不安障害であるかどうかを判断するには、まず上記のことを確認する必要があります。

ある程度大きくなってからの発症であれば「できていたことができなくなった」というふうに気づきますが、小さい頃の発症の場合には、その年ごろには通常できることができない、というふうに気づいていくしかありません。

ただし、・・・

「その年ごろには通常できること」には個人差が非常にあるので、専門家の判断を求める必要があるでしょう。

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