2016年9月10日土曜日

正常な不安と社交不安障害の違い

回避するか?耐えるか?


社交不安障害では、不安の結果として起こること・・・。

それは、回避忍耐かである。




つまり、

苦しい状況を可能な限り避け、どうしても避けられない場合はかなりの無理をいて耐える、ということです。

また、

不安はその場で感じるだけでなく、実際の状況が起こるよりもずっと前から感じていることが多いものです。

そのような、あらかじめ感じている不安を「予期不安」といいます。

予期不安が強いために「無理だ、上手くいかない」という思い込みが強化されてしまい実際の状況よりも難しいことだと思うようになってしまいます。




例えば

耐子さんは、幼なじみの結婚式の招待を断りました。

幼なじみですが、特に深い付き合いをしているわけでもなく、スピーチを頼まれていたわけでもありません。

式の間、静かに存在を消していることくらいはできそうでした。

でも、教会で行われる結婚式で、もしも花嫁のブーケが自分に飛んできたらどうしよう、と考えると心配でたまらなくなりました。

独身である自分にブーケが飛んできて、それを受け取ってしまったら、全員の注目を浴びることになります。

きっと何か反応しなければならない。

そして、自分は間違いなく恥をかくだろう、と思ったのです。

そのことを繰り返し考えているうちに、結婚式に出ることそのものが怖くなってしまい、結果として断ってしまったのです。














耐子さんが感じた不安は、妄想的なものではありません。

可能性は高くなくても確かにあり得ることです。

そして、ブーケを受け取ってしまったら、全員の注目を浴びることになるのも正しい予測でしょう。

恥をかくこともあるかもしれません。

結婚式に出席するにあたって、そのような可能性を考えること自体は病的なことではありません。

でも、、、、

そのことを繰り返し考えてしまい、どんどん不安になり、結果として結婚式に出ることが怖くなり断ってしまった、というところに耐子さんの病気があります。

結婚式に出席するということの社会的意義と、ブーケを受け取ったときに感じるであろう恥への恐怖が、本末転倒なバランスになってしまっているからです。

もちろんどんな人間でも、特に距離のある人間関係の中では何らかの不安を抱えながら暮らしていますし、時にはあまりにも不安を強く感じるのでその場を避けるというようなこともあります。

そういう正常な不安と社交不安障害の違いがどこにあるのかというと、不安がどれほどその人の生活を妨げているか、あるいはその人が不安にどれほど強い苦痛を感じているか、というところにあります。





社交不安障害になると、回避すると明らかに問題が残りそうな状況ですら避ける、という事態も起こってきます。

結果として、回避が強すぎて事実上社会生活が送れなくなることも少なくありません。

どうしても避けられない状況は耐え偲ぶことになりますが、その際には、
強い恐怖と「私はダメだ」という無能感を感じ続けることになります。

「やってみたら大丈夫だった」とスッキリするわけではないのです。





通常、不安という感情は、それを引き起こす状況を繰り返し経験することによって減じてきます。

つまり、「慣れてくる」のです。


でも、社交不安障害になると繰り返しによって不安が減じるということはあまりありません。

むしろ、繰り返しによってますます不安に焦点が当たっていくようなこともあります。

そこにこの病気の一つの特徴があると言えます。



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