2016年7月27日水曜日

条件付き❢ 無条件❣

無条件の肯定的関心






今日は初心に立ち返って、「無条件の肯定的関心(受容)」について再考してみたいと思います。
評価を下さずにコミュニケーションをしているときは、心の中にいつも微笑みがあるものです。

なぜこれが難しく思われるかというと、私たちは皆、人に評価を下そうとしている文化の中で暮らしているからです。




私たちの多くにとって、「条件付きの愛」が当たり前になっています。

あなたが良い人だったら愛してあげようとか、昇給してくれるのなら愛してあげようとか。

子どもに対しては、成績が良くなったらもっと愛してあげよう、というふうに。

これらは皆、「条件付きの愛」なのです。

つまり、

「愛」とは、人が何かをしないときにそれに賛成することを意味するのではなく、あらゆる人に対して愛を出し惜しみするのをやめようという意思のことを言うのです。

無条件の愛は、相手のためではなく自分のためにあるものです。

無条件の愛とは、自分自身を完全に愛することなんですよ❣






自分の愛が、「無条件の愛」であるのか「条件付きの愛」であるのかを知るためには、自分の心に注目してみると分かります。

心がやすらかであれば、「無条件の愛」

誤解しないで欲しいこと!!!


「無条件の愛」とは、相手の言動を何でも肯定するという意味ではありません。

また、自分への虐待を許可するということでもありません。

「無条件の愛」と言われると、「自己犠牲」をイメージする人が多いようです。

自分を守るためには、何らかの「条件」が必要だと感じるのでしょう。

でも、

実際にはそのような「条件」が自分を傷つけるのです。




「人間は~すべきだ」
「このタイプの人は~だ」

というような過去のデータベースを手放し、相手の現在を聴くようにします。

すると、

どんな人も、愛を差し伸べているか助けを求めているかのどちらかと捉えることができるのです。

相手への評価を手放せば、一見「不適切」に見える言動も、要は助けを求める悲鳴であるということが分かってきます。

そのような見方ができるとき、私たちは、「無条件の愛」を与え、受け取っていると言えます。

批判的に見るとき、私たちは自分のことも同時に批判しているのです。

決して自分の心がやすらかにならないというのがその証拠❣




自己犠牲的な無理をすると、自分の心の平和は得られません。

それは、

「無条件の愛を与えるためには・・・すべきだ」
「良い人と言われるためには・・・すべきだ」

というデータベースに基づいた考え方です。

これは、自分自身に評価を下していることに他なりません。

一番簡単なチェックポイントは、自分の心の状態!!

「本当はイヤだけれども我慢してあげる」というような姿勢をとっている時、私たちの心にポカポカしたあたたかさはないものです。

そのときは、

「ああ、これは無条件の愛ではないのだな」と気づくチャンス❣










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