2016年7月23日土曜日

怒りや許せない気持ちを手放す❢❢

人間的なこと





今日は、「人間性の認識」について、まずお話ししていきますね。

「人間性の認識」とは、

酷いことをされたら頭にくる、許せないと思うのは、「人間的なこと」と認識するということです。


つまり、

人として当たり前の反応として認める、ということ。





そして、

心理療法の力を借りて、そういう怒りや許せない気持ちを手放していくというプロセスをたどります。

けれども、

手放していくためには、まずちゃんと認めるところから入っていかないければならないのです。

「ああ、こんな酷い目に遭ったんだから、頭にきて当然だわ。本当に酷い目に遭ったな」というところから入っていって、そのうちに段々とそれにしがみついている自分というものを意識して手放していく・・・。

そういうプロセスになっていくわけです。


これをやらないとどうなるかというと、許せない自分を許せないというようなことになるのです。

「こんなことで人を許せないと思う自分は変だ」と思ってしまうと、またそれが更に怖れをもう一歩複雑にしてしまい、ただ相手が許せないだけではなくて、その許せない自分を許せなくなり、ますます手放しにくくなります。





ですから、

まずは非常に「人間的な反応として認める」というのが、第一歩になります。


それが、「人間性の認識」❢

時々、これを勘違いして、「私、心理療法を何回も受けているのに、酷いことをされるとまだ頭にくるんですよ!」と言うクライエントさんがいるんですね。

私は、「それは人間ですから」といい・・・、少し理解を深めてもらいます。


心理療法と言うのは、別に怒らない人をつくるためのものではなくて、自分が怒っているなと気が付いて、その怒っていることを意識して考えられるようにするためのものです。


確かに、何度も何度もやっていれば段々慣れてきて怒りにくくはなりますが、怒ったり許せないと思ったりすることを、まず人間として当たり前の反応として認めていくというのがとても大切です!





次に、「全体性の認識」についてお話ししますね!


これは簡単に言うと、視野を広げるというような感じです。

例えば、

自分がすごく頭にきているとき、昨日酷いことをされて、今日は「もう一生許せない」と思っているとしましょう。

そこだけを見ると「人に対して一生許せないと思う自分って、なんて怖い人間なんだろう」、「なんて心が狭いんだろう」などと思えますが、プロセス全体として見ていくと、どうなるでしょうか?


昨日酷いことをされたばかりで、今日は一生許せないと思っている、でもまた時間が経てば自分も変わってくるんだろうという全体を見渡すと、今日すごく怒っているということが、それだけのことになりますよね。

「今日のところは、しょうがないや!!」と。

許せない自分を許せない、とはならないで済むのです。





ですから、


「人間性の認識と全体性の認識」というのは、その内容について、「人間なんだから当たり前なんだな」とか、「大きく見てみれば大したことないんだな」という感じで許しやすくするということになります。

今日のところは、ただ「視野を広げる」というふうに使っていただきたいと思います❣

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