2016年6月17日金曜日

友達がよそよそしい

最近親しくなった友達が何だかよそよそしい




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 例えば
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大学で仲良くなった友達は、こっちが打ち明け話をしても、何も打ち明けてくれない。
もっと仲良くなりたいのに、距離を取られている気がする。

人は一般に、「距離」を「どの程度個人的なことを打ち明けてくれるか」ではかることが多いでしょう。

「距離を感じる」というのは、相手が心を開いてくれない、というようなときの感じ方だと思います。

人とどの程度の距離感を持って関わりたいかは、人それぞれ違うし、同じ人でも、時期や状況によって異なってくる。

 
 
 
ある人から見た時に「距離がある」と感じる関係性でも相手にとっては、「ちょうどよい」と感じられることもあるのだ。
 
特にそれまで、他人から傷つけられてきた経験がある人は、心を開くのがゆっくりである場合が多いでしょう。
 
そんな人に、「個人的なことを打ち明けて」と迫ることは、暴力的にすらなる。
 
そこまでいかなくても、「詮索される」ことを不快に感じる人は少なくないはず。
 
ですから、「もっと近づきたいのに、拒絶される」というときは、「距離」についての感覚が単に異なっているというだけで、自分自身が拒絶されていると感じる必要はないはず。
 
こんな状況で、相手に対して「もっと個人的なことを打ち明けて欲しい」と要求するのは、友情を欠くことだとわかるでしょう。
 
今の相手には、この程度の自己開示がふさわしいのだな、と思えば、不満も生じないはず。
 
そして、そんな姿勢を保てば、相手はだんだんと心を開いてくると思います。
 
そのプロセスを尊重することこそ、「友情」なのではないでしょうか?
 
【ウィキメディアより引用】                        友情は、共感信頼の情を抱き合って互いを肯定し合う人間関係、もしくはそういった感情のこと。



こうして見てくると、私たちは、本来必要のないところで自己肯定感を低下させている、と言うこともできる。

形のつながり

・一緒に行動する
・個人的なことを打ち明け合う

このようなことに、「親しい」「人間として大切にされている」という意味を乗せてしまうので、「自分はダメだ」という自己否定が強まってしまうのだ。

形のつながりは、あってもなくてもよく、それよりも、お互いの領域を尊重することが直接自己肯定感を育てる、ということですね。





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