2016年6月16日木曜日

あなたのその言動ムカつくわ

他人の言動に腹が立つ


そもそも人はなぜ他人を攻撃するのか?

攻撃というのは、動物が脅威を感じたときの反応パターンの1つである。

人間を含め、動物は脅威を感じると、「闘争か逃走か」反応を起こす。


これはどういうことかと言うと・・・

逃げられる状況であれば逃げる!
逃げられない状況であれば闘う!

ですから、

「逃げられない状況であれば闘う」が、「攻撃」ということになるのだ。

 
 
 
 一般には逃げる方が楽ですし合理的ですよね。
 
 例えば、
 
熊なども突然出くわさない限りは、熊の方が人間から上手く逃げてくれるものである。
だから、人間という脅威に余裕を持って気づいてもらうために、「熊よけの鈴」というものがある。
 
 しかし、
 
人間の場合、社会的なメンツなどもあるので、いつもいつも逃げてばかりというわけにもいかない、と考える人は多いものだ。
 
逃げられないなら、攻撃するしかない。
ですから、攻撃や反撃は、案外あちこちに見られる。
 
 
 

 
 
 
しかし、何を脅威と感じるかは、人によってかなり異なる。
 
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 例えば
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誰かと意見が対立しているとき、友人から「でもさぁ、向こうの言い分も分かる」などと言われると、すごく腹が立ってしまう。
 
よく知られているのは、自分の言動を否定ばかりされながら育った人は、多様な意見を受け入れにくいということ。
 
人それぞれ、いろいろな意見があってよいのだが、否定ばかりされながら逆境の中で育った人は、自分と違う意見を持つ他人を見ると、「自分が否定された」と感じやすいのだ。
 
 
 
 
これは当然のことで、意見を拒否されながら育ったということは、常に「お前の言うことは間違っている」と言われながら育ったということ。
 
そこには、「正しい考え」という絶対的なものがあって、それ以外は間違っている、というメッセージがある。
 
本当は、いろいろな意見があってよく、それぞれが「正しい」と言えるのに。
 
ですから、そうやって育てられた人が、自分と違う意見を言う他人を見たときに自分が否定されたように感じるのも当然である。
 
「それは間違っている」と相手を攻撃しなければ、自分が間違っていることになってしまう、と思うのでしょう。
 
この例のように、対立する相手に友人が理解を示したりすると、「裏切られた」という思いになってしまうのも、そのためなのだ。
 


ただ、このような人の自己肯定感はかなり低いといえる。

自分の意見と異なる相手を攻撃ばかりしている人、というのは、言い換えれば、「常に自分が正しくなければ気が済まない人」である。

少しでも自分と違う意見を言われると屈辱を感じてしまうのでしょう。

でも実際には、それぞれの人には、事情があり、それを反映した「正しさ」があるものなのだ。

 



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