2016年6月14日火曜日

何も出来ていない人

社会から見て「何も出来ていない人」たち



私は、社会から見て「何も出来ていない人」と言われている人と接する機会が多い方だと思います。

でも、
そういう人たちが自分の現状に甘んじているところなど、見たことがありません。

皆さん、「本当はもっとしっかりすべきなのに、出来ていない」自分を恥じています。

それほど、人は一生懸命生きているのです。

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 例えば
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夫は、全く向上心がない。
仕事をサボることばかり考えている。
家では、ゴロゴロ、ダラダラしている。
私が注意すると、「俺のことは放っておいてくれ。これでいいんだ」と開き直る。



この夫のように、口先では、「放っておいてくれ。これでいいんだ」などと言う人もいるでしょう。

そういう人は、あまりにも自己肯定感が低いため、現状よりも向上するなどということがイメージできないのかもしれません。

質の高い人生を送る資格など、自分にはないと思っているのかもしれません。

あるいは、今以上を望んでまた絶望するのが怖いのかもしれません。

とにかく、様々な事情があるのです。


例えば、パラリンピック。

本来スポーツする上で多大なるハンディを背負った人たちが、最大限の力を尽くし、観る人に感動を与えます。

成績だけを見れば、身体障害のない人たちのオリンピックに比べて、「成績が悪い」という評価になるでしょう。

しかしそんな、「評価」にとらわれる人がいるでしょうか?

むしろ、「逆境の中、本当に頑張っている」と敬意を抱く人が多いと思います。

このように、パラリンピックの場合は、身体的な障害など、「様々な事情」が見えやすいでしょう。

しかし、心の問題の場合は、それが見えにくいので、「怠けている」などと勘違いされやすいだけなのです。



確かに中には、「悪者」としか言えないような人もいます。

嘘をついたり、人の厚意に付け込んだりして利益を得ているような人です。

でも、その人がそんな人になったことは、やはり事情があるでしょう。

「人は裏切るものだ。自分の得だけを考えなければ生きていけない」という弱肉強食の考え方を植え付けられて育ったのかもしれません。

あるいは、「正直者は損をする」ということを身にしみて感じるような環境にいたのかもしれません。

もちろん一部には、生まれつき、共感する能力が低い人もいて、彼らは他人の苦しみに鈍感です。

しかし、そういう人たちであっても、環境の影響を全く受けてこなかったわけではありません。

ですから本当に、「人の心がわからない、残酷な人」と思える人は、先天的な要素に、後天的な要素も加わった人、つまり、人間として人とのつながりや温かさを楽しんで生きることを許されていない気の毒な人、と言うことができます。

彼らだって何らかの条件が少しでも違っていたら、違う人生が展開していたかもしれないのです。



カウンセリングにおいて

「深い憎しみ」 「強い復讐心」 

このような意識が表面化してきたとき、すぐに共感できるでしょうか。
そのまま受容できるでしょうか。

ふつうは、そういった感情は負の感情として否定したくなるでよう。
そして、なんとか考えを改めさせようと思うでしょう。

または、その憎悪のすさまじさに、関わりたくないという気持ちが沸き起こるかもしれません。

カウンセラーは、そういう多様なクライエントを受け入れる器としての自分を、どれだけ鍛えるか、ということが重要になるのです。

器が小さな場合、理論や一つの療法にとらわれたり、独りよがりな押しつけ、支配的で説教じみたカウンセリングになってしまう可能性は大きい。

これは、共感や受容のない単なる「人生相談」。

カウンセラーの、生来の性格としての向き不向きはもちろんですが、それに加え、いかに自分を鍛えるか、自分の器を大きく豊かにしていくか、それが問題になってくるわけです。
失敗したときは、カウンセラーが上手に援助できなかったから。

良い結果をだせたときは、クライアントが自分で解決してくれたから。

カウンセラーは、クライエントの潜在的な自助能力を引き出す支援者という立場なのです。

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