2016年5月29日日曜日

病気を受け入れることは難しい

双極性障害の発症 

それは人生を大きく変えること



誰の目から見ても双極Ⅰ型障害の躁状態の異常さは明らか。
症状は、あまりにも明白である。

気分の高揚状態

 「自分は偉い」という気持ちが高まる。
あまり眠らなくても平気
(短時間の睡眠でも「よく寝た」と感じるなど)
多弁になる。
快楽的活動に熱中する(異常な浪費など)


双極Ⅱ型障害の場合でも、軽躁状態はむしろ気分が良く感じられるとしても、うつ状態の繰り返しという思い苦しみを背負う。

(「躁」の症状に応じて、大きく「双極Ⅰ型」と「双極Ⅱ型」に分けらる)


例えば、

成人式を迎えたばかりで、人生は前途洋々というときに、突然、躁状態に陥り、自分は極めて正常だと思っているのに精神科に入院させられ、「あなたは双極性障害です」という診断を受け、症状は短期で落ち着いたのに、「これは、一生付き合っていかなければならない病気です」と言われることの衝撃を考えてみてください。



その事実を受け入れることが、いかに難しいか、容易に想像が付く。

確かに少しおかしかったかもしれないけれど、今は全く普通の状態に戻っている、というときに、診断名と、一生続けなければならない予防療法と生活制限を即座に受け容れなさいと言われて、素直に受け入れられる人はまずいないでしょう。

そして現実に、多くの双極性障害の人と、そのご家族が、今でも病気の受け入れに苦しんでおられます。


病気を受け入れることが難しいのは、双極性障害だけではありません。

特に精神科の病は全般に受け容れが難しいものです。




これは精神科の病気への偏見のためでもありますが、同時に、病気の症状が主観的なものを中心としているため、「ちょっと疲れただけかもしれない」 「気にしすぎているだけかもしれない」と、否認を生みやすいのです。

これは、周囲の人達についても同じことで、「気合いで何とかしろ」という要求につながります。

特に双極性障害の場合、エピソードとエピソードの間は、原則として無症状になるので、「なかったこと」 「単なる一過性の不調」 にしたくなる誘惑に駆られやすいのです。


双極性障害という「病気の受け入れ」というテーマも、心理療法で扱っていくものです。

病気についての正しい知識が肝心であるのはもちろんですが、打ちのめされてしまう気持ちも当然のものとして認めていく必要があります。

双極性障害を持ちながら生き生きと暮らしていく人生は、病気を受け入れた所から始まるのですが、そこに達するまでが長い道のりなのです。

特に、発症して間もない方、若い方の場合は、それだけハードルが高くなります。


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